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東京高等裁判所 昭和27年(ネ)1053号 判決 1960年10月29日

控訴人 被告 斎藤賛蔵

訴訟代理人 宮田耕作 外一名

被控訴人 原告 小沼ろく

訴訟代理人 楠元一郎 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の陳述した事実上並びに法律上の主張は、被控訴代理人において「被控訴人は被相続人である亡斎藤てつの姉小沼いねの子すなわち姪であるから、民法第八百八十九条および同条第二項によつて準用される同法第八百八十八条により相続権を有するものである。」と附加主張したほかは、原判決の事実摘示(但し同添附物件目録二十三ないし二十八を除く)と同一であるからこれを引用する。

当事者双方の証拠の提出、援用および認否は、左記のほかは原判決の事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

被控訴代理人は、甲第四十一号証の一ないし三、同第四十二号証、同第四十三号証および同第四十四号証の各一、二、同第四十五号証の一ないし三、同第四十六号証の一ないし三、同第四十六号証の一ないし十六、同第四十七号証ないし同第五十二号証の各一、二、同第五十三号証、同第五十四号証、同第五十五号証の一ないし五、同第五十六号証ないし同第百五号証を提出し、当審証人白井孝助、同斎藤藤兵衛、同斎藤仲之助、同樽見政夫、同白井三左衛門、同今井安之助、同小沼豊満、同樽見なをの各証言、当審での被控訴人本人尋問の結果並びに鑑定人菊地幸江の鑑定の結果を援用し、当審で提出された乙号各証の中、乙第四十九号証ないし同第六十七号証、同第百七号証、同第百二十三号証、同第百二十五号証、同第百二十七号証および同第百三十一号証の各成立は不知、同第四十八号証、同第百十五号証ないし同第百二十一号証の各成立は否認その余の乙号各証の成立は認めると述べた。

控訴代理人は乙第三十三号証ないし同第百二十五号証、同第百二十六号証の一、二、同第百二十七号証、同第百二十八号証の一、二、同第百二十九号証ないし同第百三十一号証を提出し、当審証人大里峻三郎、同加固文理、同鈴木宗一、同加固温志、同鈴木善信、同小松崎銀(第一、二回)、同坂本富四郎、同斎藤達、同斎藤小女、同樽見竹次郎の各証言、当審での控訴人本人尋問(第一ないし第三回)並びに鑑定人菊地幸江の鑑定の結果を援用し、当審で提出した甲第四十一号証の一および二、同第四十六号証の一ないし十六、同第四十七ないし同第五十二号証の各一、同第五十三号証、同第五十六号証ないし同第六十五号証、同第七十号証ないし同第百一号証、同第百四号証、同第百五号証の各成立および同第五十四号証が亡てつの写真であることを認め、その余の甲号各証の成立はいずれも不知と述べた。

理由

一、原判決添附物件目録一ないし二十二記載の田および山林(以下本件土地という)がもと訴外斎藤てつの所有であつたこと、および同人が昭和二十三年一月十四日に死亡したことは、当事者間に争のない事実である。

二、被控訴人は亡斎藤てつの姪であるから民法第八百八十九条第一項および同条第二項によつて準用される同法第八百八十八条により亡てつの遺産会部を相続したと主張し、控訴人はその相続人たる資格を争うので、先づこの点を判断する。

斎藤てつの死亡当時、同人には生存する直系卑属、直系尊属および兄弟姉妹がなかつたこと、被控訴人が亡てつの姉亡小沼いねの子であることは当事者間に争がない。民法第八百八十九条第一項は相続人となるべき傍系血族の範囲を二親等、すなわち兄弟姉妹までに限定しているが、第二項において同法第八百八十八条を準用しているから、兄弟姉妹の直系卑属が代襲相続権を有することは明らかである。控訴人は右の準用により代襲相続権が認められるのは、被相続人の死亡当時最終順位が法定相続人である兄弟姉妹中に生存者のある場合に限られ、生存者が一人もいない場合には、たとえそれ等のものに直系卑属があつても、代襲相続権はない。このことは民法第八百八十九条第二項において直系尊属につき同法第八百八十七条の規定を全面的に準用しているに反し兄弟姉妹については同条第二号を準用するに過ぎないことによつても明かであると主張するのである。しかし、兄弟姉妹の間には親等の区別はないのであるから、同法第八百八十七条第一号を準用する余地がなく、従てその準用のないことは控訴人の主張を肯定する根拠にはならない。もつとも直系卑属の代襲相続に関して、被相続人の子のすべてが死亡し孫が相続する場合にも、代襲相続を認めるかについては説がわかれていて、これを消極に解する立場は概ね、代襲相続は共同相続のうちの相続権を失つたものの順位を引き上げることを意味するものとし、子が全員死亡したときは代襲相続によるのではなく孫が二親等の直系卑属として平等の立場で相続するのであると説いている。しかし、かりに孫の相続の場合については右の説が正しいとしても、固有の相続権がなく、特に代襲相続権のみを与えられた兄弟姉妹の直系卑属について、孫の場合と全く同一に解釈して代襲相続権を否定するのは無理な推論であるばかりではなく、外に合理的根拠を見出すこともできない。がんらい家督相続の制度を廃止し、相続については純然たる財産相続制を採用して傍系親である兄弟姉妹をも相続人とし、しかもその代襲相続を認めた現行民法の立場は、被相続人の財産的権利義務は当然に一定の親族に相続させるという親族主義的な相続思想に基くものであつて、血縁者があるときは相続財産はなるべく、血縁者を除外して国庫に帰属せしめないことをも意図するものということができる。従つて、代襲相続の精神は自然の順序に従えば相続することができたのに偶然の事実である推定相続人の先死等によつてその利益を失うことは、人情の上からもまた衡平の見地からも相当ではなく、かかる相続の期待を保護尊重することに在るものと理解すべきである。そうであるから、控訴人主張のような解釈は、上記代襲相続の精神にも反し、また、現に甥姪がいるにもかかわらず伯(叔)父、伯(叔)母の遺産が国庫に帰属してしまうことも、後記のような現在の国民の法感情に合わない解釈というのほかはない。これに反し、兄弟姉妹の直系卑属は推定相続人である兄弟姉妹の一部若くは全部の死亡にかかわりなく、常に代襲相続権を有すると解するのは、上記のように成文上の根拠を有するばかりでなく、民法が親族的扶養関係の成立する範囲を三親等の親族の間にまで認めていること(民法第八百七十七条第二項)とも均衡が保たれたことになる。現在家庭裁判所に相続放棄の申述遺産分割の申請がこれらの代襲相続権者からなされていることは、この解釈が現在国民の間に存する法感情をたんてきに現わしているものと解するを相当とする。(昭和二五、一〇、七、民事甲二六八二号法務省民事局長回答、昭和三四、一一、九前同、昭和三一、三、二六最高裁家庭甲二六号家庭局長回答、昭和三三、七、二三法曹会決議、昭和三一、二、二五、大阪家庭裁判所家事部決議参照)よつて、この点についての控訴人の主張は採用しない。

また控訴人は被控訴人は既にその地位を廃除されたものであると主張する。なるほど成立に争のない甲第十一号証(遺言公正証書謄本)によれば、亡斎藤てつは昭和二十二年三月二十九日付をもつて同人の死亡による家督相続人を選定する場合には、親族会においても最も適当な者を選定すべきことを切望し、これを選定すべき親族会員および遺言執行者を指定した遺言公正証書を作成しており、被控訴人は右親族会員、遺言執行者のいずれにも指定されていないことが認められる。しかし、右のような記載のみでは被控訴人を相続人から廃除する意思であるとはたやすく解することができないばかりではなく、てつが死亡し右遺言が効力を生じた昭和二十三年一月十四日当時にあつては、既に民法の改正により、選定家督相続人の制度は廃止せられていたのであり、他に右の事実を認め得る証拠がないから、控訴人の主張も理由がない。

控訴人主張のように斎藤てつの死亡当時同人の姪としては被控訴人のほか、訴外坂田芳恵、関れうのいたことは被控訴人の明かに争わないところであるが、成立に争のない甲第三十九号証によれば右両名は適法に相続を放棄していることが認められ、控訴人主張のように亡てつに配偶者のなかつたことは当事者間に争のないところであるから、被控訴人は亡てつの唯一人の相続人としてその遺産全部を相続したものというべきである。

三、本件各土地のうち原判決添付目録一ないし八記載の田八筆については、昭和二十一年三月九日、同九、十一、十五、および十六記載の山林四筆については同日以降同年九月二十三日までの間に、その他の山林については昭和三十二年十一月十七日以降同年十二月二十二日までの間に、それぞれ控訴人名義の所有権取得登記がなされていることは、当事者間に争がない。

控訴人は、本件土地はすべて控訴人が昭和二十一年三月中亡てつから買受けその所有権を取得したものであつて、右登記はいずれも適法になされたものであると主張するので判断する。

先づ、本件土地中田八筆について考えてみるに、成立に争のない乙第百八号証(名寄帳)には右土地は控訴人が亡てつより取得した旨の記載があり、また各その成立に争のない乙第八号証、同第十一号証、当審証人斎藤達の証言および当審での控訴人本人尋問の結果(第一、二回)中には、控訴人の不動産取得はすべて正当になされた趣旨の部分があるけれども、後段認定の諸事実からしてたやすく信用することができない。

次に、本件土地のうちその他の山林について考えるに、本件山林の売渡証とみられる乙第四十八号証同第百十五号証ないし同第百十七号証、同第百十九号証および同第百二十号証がいずれも真正に成立したものと認むべき証拠がない(当審での証人鈴木宗一の証言によつてはまだ乙第四十八号証の成立を認めるに足りない)。また当審証人加固文里、同鈴木宗一、同斎藤達、同斎藤小女の各証言、当審での控訴人本人尋問の結果(第一ないし第三回)中には控訴人の主張に添う部分があるけれども後段認定の諸事実と比較して考えると、これ等も亦たやすく信用することができない。

却て各その成立について争のない甲第八号証の一ないし三、同第十号証の一、二、同第十三号証、同第十四号証の一、同第十五号証、同第十六号証、同第十七号証の一ないし四、同第十八号証、同第十九号証、同第二十二号証、同第二十三号証の一ないし三、同第二十四号証、同第二十八号証、同第二十九号証、同第三十七号証、同三十八号証、乙第三十四号証ないし同第四十七号証、同第八十四号証ないし同第百号証、原審同人小沼美雄の証言により成立が認められる甲第二十号証、当審証人今井安之助の証言により成立が認められる同第四十五号証の一および二、当審証人小沼豊満の証言により成立が認められる同号証の三、当審での被控訴人本人尋問の結果により成立が認められる甲第五十二号証の二および右被控訴人本人尋問の結果並びに当審での鑑定人菊地幸江の鑑定の結果によつて成立が認められる甲第五十五号証の一ないし五、当審での控訴人本人尋問の結果(第一ないし第三回)により成立が認められる乙第百七号証、原審証人伊勢山長助、同矢ノ中敬之助、同今井清次郎、同斎藤善一郎、同白井定四郎、同小沼美雄、同山田鶴吉の各証言、原審並びに当審証人今井安之助、同樽見政夫の各証言、当審証人白井孝助、同斎藤藤兵衛、同斎藤仲之助、同小沼豊満、同樽見なをの各証言、当審証人大里峻三郎、同加古文里の各証言(但し後記信用しない部分を除く)原審並びに当審での被控訴人本人尋問の結果および当審での鑑定人菊地幸江の鑑定の結果を綜合すると次の諸事実を認めることができる。すなわち、

亡斎藤てつの家は、居村佐賀村における著名な資産家であつて、亡てつは一度木原村船子の中島某と結婚したが、四十歳を過ぎた頃実家に復籍して斎藤の家督を相続し、それ以来独身で作男、女中等を使用してなに不自由のない生活をなし、公共のためにも相当の寄附などをなしてその家産を維持してきた。終戦後はその所有農地は約一町三反歩を残しその大部分が買収されたが、なお相当の山林原野を所有しており、その一部を縁故関係者に売却したり、また農地買収前は、毎年四百俵以上の小作米を収納していたので、或る程度の貯蓄もあり、その後も自家保有米のほか保有小作地の小作料として現金以外にも亡てつの一年分の食料として十分な程度の現物の収入もあつたので、主食には事欠くことなく、燃料野菜等は自給自足し、その他の副食物も配給で足り、且つ、税金も年に千円内外に過ぎなかつた。また亡てつは当時七十歳の高齢で身体も衰弱しており持病のぜん息等(常時医療を受けるほどではなかつたが)もあつたため、とかく家庭内に閉じこもり勝ちで、終戦後の急激な物価の変動にも極めてうとく、冠婚葬祭等の交際費も旧態どおりで極めて小額の出費しかしなかつたので、これ等の生活費、交際費等は特に所有山林等を処分するまでもなく、これを賄うに十分であつた。

亡てつは、昭和二十一年三月三日財産税調査期日頃は、山林原野だけでも佐賀村に二十四町六反一畝歩美並村に二十町六反九畝歩安飾村に二町八反一畝歩の山林および美並村に一町八反一畝歩安飾村に一反一畝歩の原野を所有していたが、たまたま手持預金等は殆んど全部封鎖されたうえ、土浦税務署から財産税として金弐拾七万九千百拾五円(昭和二十二年八月中に金参百四拾壱円五拾銭追加)を賦課されたので、その納付に窮した結果、右税金に見合う現金を捻出するため上記山林を売却することを決心し、居村佐賀村所在の山林は、特に縁故関係者又は薪のない者に対しては売却するが、できるだけこれを残し、先づ居村外の山林原野を処分して、その売却代金が上記税金額に達しない場合には、佐賀村所在の山林原野をも処分することの方針を立て、その処分方を訴外伊勢山長助および後記のように予てから特に親しく出入していた控訴人に依頼した。右依頼に基いて伊勢山長助は、昭和二十二年一月頃までの間に堀越利雄外四名に対し美並村所在の山林原野九町六反歩を売却しその代金約拾五万円を亡てつに交付し、同村内のその他の山林は控訴人の手によつて処分せられ約拾万円以上の売得金ができた。かくて同年一月頃までの間に美並村および安飾村所在の山林の殆んど全部が売却され、亡てつは当初の方針どおり佐賀村所在の山林には手をつけるまでもなく金参拾万円に近い現金を調達することができた。ところがその後亡てつに課せられた上記財産税は封鎖預金、国債等による現物納付も認められることになつたので、亡てつは昭和二十二年三月十九日現金拾四万弐千五百四拾八円五拾銭同年九月八日現金参百四拾壱円五拾銭同年九月二十八日第一封鎖預金七万八千参百四拾参円八拾銭第二封鎖預金四万六千百参拾円国債壱万弐千九拾弐円七拾銭以上合計金弐拾七万九千四百五拾六円五拾銭をもつて右財産税全部を納入したので、上記現金の大半は費消しないですんだ。そして亡てつは前記認定のとおり日常の生活費、交際費等にも大口の出費がなかつたので、昭和二十三年一月十四日死亡当時でも、なお現金約拾弐万円を所持していた。また亡てつは、農地は買収せられるにしても所有山林については上記財産税の納付のための処分又は縁故関係者や薪のない者に対して売却するほかはできるだけ保有しておく考えであつたので、常に台帳(甲第五十五号証の一ないし五)を備付けており、正当に処分されたもので抹消されていないものが多少あることが認められないでもないが、上記納税のための処分の前後を通じて他に処分した山林は自ら朱線を引いて抹消し、昭和二十二年十月二十八日頃当時においては、本件山林を含む佐賀村所在山林の大部分を保有することを明かにしていた。それなのに、てつの死亡後調査した結果によれば、山林原野とも僅かに四町一反歩(しかも殆んど小面積のもの)を残すだけで、本件山林を含む佐賀村所在の山林の大部分が控訴人、その妻および控訴人の兄斎藤達に所有権移転登記がなされていることが判明した。

一方控訴人は、昭和六、七年頃から松苗植等の日傭取りとし亡てつ方に出入していたが、次第にてつの信用を得て、てつ方の小作料の収納その他の家政にも相談相手となつていて、てつが昭和二十二年十月頃腎臓病や老衰のため床に就くようになり、翌二十三年一月十四日死亡するまで最もてつの身近にいたものである。上記認定のてつの山林売却にあたつても、その売却の委任を受けた控訴人は、てつの家の財産状態を十分に解つて、山林を売却する必要があるかどうかも十分知つていたし、さらにてつの山林台帳、権利証、実印等を預つて、亡てつの所有山林売買の登記手続はすべて同人の委任状によつて行われ、専ら控訴人が代理人になつたり又は代理人を頼んで登記所に出頭してその手続をなしており、控訴人、その妻および兄斎藤達のために大量の山林が登記されることに登記官吏も不審の念を抱いていた程であつて、てつの死後も一部の村民から疑惑の目をもつて見られていた。

次に、殊に、昭和二十一年同二十二年度における控訴人の金銭出入関係一切を記帳したものと認められる雑記帳(乙第百七号証)には控訴人が亡てつに対して本件山林の買受代金を支払つたことは全然その記帳がなく、また、本件山林処分の事実は前記てつ備付の山林台帳(甲第五十五号証の一ないし五)にもその処分の表示がされていない。なお本件土地中田八筆は、明治初年以来訴外藤崎常之介方において亡てつから賃借耕作してきた土地で、控訴人がこれを耕作した事実がないに拘らず藤崎常之介に何ら断りもなく、控訴人が永年耕作している旨虚偽の事実を記載し、且つ譲渡人である亡てつの名下には有合印を押捺して、茨城県知事宛の臨時農地管理令第七条の二に基く所有権移転許可申請書を作成してこれを提出しその許可を得たうえ、亡てつの委任状により控訴人自身によつて所有権移転登記手続がなされたのであつて、また、当時控訴人の手を経て亡てつ所有の山林を買受けた訴外飯田権右衛門、斎藤彦造、大久保秀義等は後にその登記手続に不正のあることが判り、被控訴人と示談してその追認を受けた事実もあつた。(当審証人大里峻三郎、同加古文里の各証言中以上の認定に反する部分は信用することができない)。

そうであるから、控訴人が本件山林等を買受けたものとすれば、それが相当量のものであるだけに、亡てつがそれを処分する必要があつたことと、その代金が何に費消されたかを十分に説明し立証し得る地位にあるのに、本件ではそれらの点が十分に主張立証されていない。従つて本件不動産について控訴人に所有権移転登記手続がなされているとはいえ、控訴人が適法に本件不動産を買受けたとはまだ認めることができない。

四、右に認定したように、控訴人主張の登記原因の存在が立証せられない以上、本件土地は亡てつの相続財産に属し、被控訴人がその所有権を取得したものというべきであつて、控訴人名義の各所有権取得登記は実質的権利関係に吻合しないものであるから抹消を免れず、これと同じ見解のもとに被控訴人の右登記抹消の請求を認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

五、よつて民事訴訟法第三百八十四条第一項により本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担について同法第九十五条、第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村松俊夫 裁判官 伊藤顕信 裁判官 杉山孝)

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